Tà Dương _ 5

 

弟の直治は大学中途召集され、南方行ったのだが、消息絶えてしまって、終戦になっても行先不明で、お母さまは、もう直治には逢えない覚悟している、とおっしゃっているけれども、私は、そんな、「覚悟」なんかした事は一度もない、きっと逢えるとばかり思っている。

「あきらめてしまったつもりなんだけど、おいしいスウプをいただいて、直治を思って、たまらなくなった。もっと、直治に、よくしてやればよかった」
 

直治は高等学校にはいった頃から、いやに文学こって、ほとんど不良少年みたいな生活をはじめて、どれだけお母さまに御苦労をかけたか、わからないのだ。それだのにお母さまは、スウプを一さじ吸っては直治を思い、あ、とおっしゃる。私はごはんを口に押し込み眼が熱くなった。

「大丈夫よ。直治は、大丈夫よ。直治みたいな悪漢は、なかなか死ぬものじゃないわよ。死ぬひとは、きまっておとなしくて綺麗で、やさしいものだわ。直治なんて、たたいたって、死にやしない」

 お母さまは笑って、
「それじゃ、かず子さんは早死にのほうかな」
 と私をからかう

「あら、どうして? 私なんか、悪漢のおデコさんですから、八十歳までは大丈夫よ」

「そうなの? そんなら、お母さまは、九十歳までは大丈夫ね」

「ええ」
 と言いかけて、少し困った。悪漢は長生きする。綺麗なひとは早く死ぬ。お母さまは、お綺麗だ。けれども、長生きしてもらいたい。私は頗るまごついた

意地わるね!」
 と言ったら、下唇ぷるぷる震えて来て、からあふれて落ちた

 をしようかしら。その四、五日前の午後に、近所子供たちが、お庭の竹藪のから、蛇のを十ばかり見つけて来たのである。

 子供たちは、
の卵だ」
 と言い張った。私はあの竹藪に蝮が十匹も生れては、うっかりお庭にも降りられないと思ったので、

焼いちゃおう」
 と言うと、子供たちはおどり上がって喜び、私のあとからついて来る。
 竹藪の近くに、木の葉や積み上げて、それを燃やし、その火の中に卵を一つずつ投げ入れた。卵は、なかなか燃えなかった。子供たちが、更に木の葉や小枝上にかぶせて火勢強くしても、卵は燃えそうもなかった。

 下の農家さんが、垣根から、
「何をしていらっしゃるのですか?」
 と笑いながらたずねた。

「蝮の卵を燃やしているのです。蝮が出ると、こわいんですもの」

「大きさは、どれくらいですか?」

うずらの卵くらいで、真白なんです」

「それじゃ、ただの蛇の卵ですわ。蝮の卵じゃないでしょう。の卵は、なかなか燃えませんよ」
 娘さんは、さも可笑しそうに笑って、去った

 三十分ばかり火を燃やしていたのだけれども、どうしても卵は燃えないので、子供たちに卵を火の中から拾わせての木の下に埋めさせ、私は小石集めて 墓標作ってやった。

「さあ、みんな、拝むのよ」

 私がしゃがんで合掌すると、子供たちもおとなしく私のうしろにしゃがんで合掌したようであった。そうして子供たちとわかれて、私ひとり石段ゆっくり のぼって来ると、石段の上の、藤棚にお母さまが立っていらして、
可哀そうな事をするひとね」
 とおっしゃった。

「蝮かと思ったら、ただの蛇だったの。けれど、ちゃんと埋葬してやったから、大丈夫
 とは言ったものの、こりゃお母さまに見られて、まずかったかなと思った。

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